★6月から7月の『銚電スリーナイン』では、企画段階から相談したりなど、もうすっかり親しくさせていただいているので、
あらためてインタビューというのもどこか照れくさいのですが・・・いつもありがとうございます!
大木さんは、生まれも育ちも銚子ッコ、ですよね!
いや、生まれは大阪なんですよ。 おやじは銚子なんだけど、おふくろが大阪で。 でも、まあ、ものごころつく前には銚子ですけど。
★ああ、だからなんですね、その芸人っぽさは!・・・お母さんはやはり、バリバリおもしろい方ですか?
ああ、もう、そうですね。ハンパない関西人。 あの性格じゃなかったら店はもってなかったでしょうね。
100パーセントキャラ勝ちです。
もちろんそれ以外の努力の賜でもあった訳ですが。 だから今引き継いで、商品構成がすごく変わっても、昔からのお客さんがついて来てくれるんだと思います。
★私は、今のウイルさんしか知らないのですが、どんな風に変わったんですか?
今は大人向けの商品を置いてますけど、そうですね、一番最初の20年前は、 オヤジがアメリカ行って手当りしだい買って来てました。 おもしろ雑貨や衣類、ビーフジャーキーやおかしなんかも買ってきてたなー。
たまたま向こうに知り合いがいたのと、オレらが思春期の頃って、みんなアメリカものが好きだったじゃないですか。 っていうかオレらが最後の世代だと思いますけど。(大木さんと漢那は同い年、34です。)
いまの若いコなんかに “Made in U.S.A”なんつっても、「べつにー」みたいな感じでしょ?
オレらのころは、映画にしろ音楽にしろ、スタンドバイミ-とかトップガンとかリアルにかっこいいアメリカがあった。
映画の中でエディーマーフィーがスタジャンにピンバッチをいっぱいつけてて。 かっこいいーみたいな、って真似してましたもんねー。
で、それをみてた父親が「他のヤツもこういうの興味あんのか?」と。 で、結果ノリだけで始めちゃったんですよ、このお店。 当時の店ん中は“Made in U.S.A”がごろごろしてた、宝の山でしたね。昔の写真 とかみるとおーって感じ。 でもほんと、シロウトの田舎のおっさんとおばさんが、値段の付け方もわからず に勢いだけではじめちゃって、 まさか20年も続くとはね。(笑) いまではその勢いにリスペクトですけど。
★20年前のその頃は銚子のまちも、元気だった、というか、かなり賑わってたんですよね。
元気でしたよ。ティーンネイジャーなんかが街を練り歩いてる感じで。
お買い物コースがちゃんとあったんですよ。そう、原宿みたいに。
いまはもう十字屋もなくなっちゃってるけど、その通りにアメリカンカジュアルの大きなショップもあって。 俺らにとってはカリスマショップでしたよ。(笑)
その横にも、あとウイルの裏にも小さいお店があったりとか、点在してましたしね。
土日とか、ガキンチョでも街で一日遊べたんですよね。
バブルがはじけるまでは、きっと。 ・・・そのカリスマショップがなくなっちゃったのは、いつだったかな。
そのころにはもう僕は東京に出てて、はっきりは覚えてないけど。
★地元が元気だったのに、東京に出たのは、なぜですか?
進学ですね、単純に。 受験勉強あまりしなかったんでとりあえず浪人。
予備校の寮に入るため上京です。
★よくあるドラマみたいに銚子の町がイヤで出て行ったわけでも、家を出たかったわけでもないんですね。 最初から、いつかは帰って店を継ぐつもりでいたんですか?
いや、それも全くなかったですね。
就職活動に興味が持てなくて、というか面倒くさくて。 昨日まで頭茶色かったくせに、急に黒くして、スーツなんか着ちゃって・・・っていうね。
いや、一社、受けてはみたんですよ。
別にやりたいこともなかったけど、学生時代にも金をためてはアメリカ行ったりしてたから、まあ、
それがつながればいいか なと思って、旅行代理店に。
でも、アタマ黒くする気もなかったし、当時の鈴木蘭々みたいなパーマのまま。
集団面接に行ったんですけど、旅行した事ないようなコたちが「お、御社は・・・」みたいにぎこちない。 オレは旅行の写真とかも持って行って、、で、いろいろ言おうと思ってたけど、そんな発言の場もないし、
一緒に受けてるまわりのコたちをみながら「こいつらと一緒はやだ!」って思っちゃって。
受付でも、「ナニナニ大学の、ナニ学部のー」っていうのもどうでもいいじゃんと、普通に「大木でーす。」 「どちらさまですか?」「言わなきゃだめなんですかー」みたいな。
待ち合い室でもみんな、“こう聞かれたらこう答えよう!”っていう本をずーっと、読んでて。
オレははぼけーっとしてて。 なんかそういう“画一された何か”がイヤで。
ま、もともと向かなかったんでしょうね、サラリーマン気質っていうか。
★・・・よくそんなマクロ的視点が持てましたね。みんながガムシャラになってる中で。
(笑)でもま、当然“落ちた”わけでー。 で、もういいや、就職!ってバイトばっかして。
ためたお金で、卒業した夏に、とりあえずもう一回アメリカに行こう、と。
★本当にアメリカが好きなんですねー!怖い目とかにはあわないんですか?
あいますよ。
一緒にいったヤツが銃をつきつけられたりナイフだされたり。
貧乏旅行だからユースホステルとかに泊まると冷蔵庫も共同で、「やい、オレのビールを飲んだろー」で、ケンカとか(笑) 逆にお金なくてオープンテラスとかのカフェとかで人の残り物を店員が下げる前にダッシュでかっぱらって食べたり。 一週間くらいの旅行だと、トラブルなんてほとんどないですけ ど、一ヶ月くらいいると、いろいろありますね。
駐車禁止、スピード違反で警察 につかまったり。 夜中バスの待合室で職質されて、ねぼけてたからシカトしてたら手錠かけられたりとか。 お金をなくしたり、乗ったタクシーが白タクだったり、間違えて治安の悪いとこのホテル予約しちゃったり。 もーありとあらゆるトラブル。
★(笑)もしかして、そういう怖い感じもちょっと好きなんですね。
ええ、やっぱ醍醐味でしょ、旅の。
で、やっぱりアメリカが好きだなあー、なんとかしてアメリカに行く方法はないかなー。と思ってたら
「あ!実家が輸入雑貨じゃん!」で、速効おふくろ に電話して「継がせて!」っていいました。
けど、おふくろも自分も素人ではじめて苦労したから、本当に継ぎたいなら、まずは勉強してきなさい。と。
あの言葉がなかったら今こうしてここに居なかったと思いますよ。だって軽いもん、動機が。
で、ウイルとテイストの合いそうな東京の雑貨屋さんを探して面接受けました。 そこの面接でも、雑貨が好きだった訳じゃなくオレはただアメリカに行きたいだけだから
「特技は、体力があって声が大きいことですー!」みたいな。
★なかなかいない貴重な人材でしたでしょうね(笑)
そうですね、「どういう雑貨を集めてますか」とか聞かれても、答えようがなくて 「実はぁ、、実家が雑貨屋です。。」と白状しました。
最初はバイトでいれてもらって、ずっと誰もやらないような場所の掃除したり、 空箱整理や声を出したりしてアピールしてるうち、社員の空きがあるから、って。
で担当をもらえて、仕入れもさせてもらえるようになって。
その年の秋、休みを利用してアメリカへ行きました。
はじめて「雑貨屋」としての視点で行ったアメリカで驚いたんです。 どこを見ても、東京の自分の働いているお店にあるものばかりで、しかもアメリカより値段も安い! 東京の情報の早さに驚いて、こりゃもっと勉強しなきゃまずいと思って。
そこからかな、雑貨に興味がでたのは。
とりあえず店を継ぐ話も白紙に戻して、勉強しましたね。
★なるほどー。勉強の成果?なんですかね?ウイルさんはとても素敵なお店ですよね。
落ち着いていて、キレイで、おもしろくて。
うーん。
今はまた、ずっとこのままではいけないんだろうなと思っていて。
商品だけじゃなくて、ライフスタイルプランも提案していけるようなお店作りをしたいと思ってます。
例えば銚子の人は、自分にないものを上手く取り入れる、といったことがあまり得意じゃない感じがするんです。 それは雑貨や服だけでなく、食べる事やオフの過ごし方など、どちらかというと前者のハード面よりソフト面。 まあお店も少ないしそういう意味ではいろんな物を見る機会も少ないし難しいかもしれない。
で、その部分をウイルで補えないかな、と。
押し付けじゃなくてね、うまく提案というかまずはこっちで実践してそれを伝える。 こうこうこうしたら、もっと楽しいんじゃないですかねーっ?って。
いろんな「楽しみ方」を、おもしろく。
それを続けながらいつか形になっていけばいいなーって。 とにかくなるべく多くの人をウイルに巻込んでステキなコミュニティーつくりたいですね。
★お店のホームページにあるブログも、おもしろいですもんね。 例えばこの間のアメリカ日記をみて、アメリカに行きたくなる人はいると思います。
そーすか? まあアメリカは別にしても、外に出た時どこで何を食べたとか、こんな事をしたとか、こんなお店ができましたとか。 純粋に『楽しい』の報告ですね。
それをすこしでも共感してもらえたらお客さんにも実践してもらいたい。 で、楽しいとかおもしろいとか思ってもらえればいいし、その人の幅をすこしでも広げられたらいいなと思って
ブログは更新してます。 そうそう、今回の『銚電スリーナイン』の話を最初聞いたときにも、そうきたかー!と思いましたよ。 だって銚子の観光って否定はしないけど今はみんな一辺倒なところがあるでしょ。 醤油ー!魚ー!温泉ー!だからそれとは全然違う楽しみ方を提案したいですよね。
それ以外にも楽しい事はいっぱいある。
目線を変えたらもっとかわいい銚子とかかっこいい銚子とかを県外の同年代の人たちにも提案できると思う。 『銚電スリーナイン』みたいに(笑)ニュー観光スタイルが見つかると思いますよ 。
『銚電スリーナイン』の“ある”グッズ企画制作のために、いつもなら車で走ってる道を、
自転車で走り回って景色を探したんですけど、それも物凄く楽しかったんです。
電鉄の向後さんとお話したときに、向後さんも言ってたけど、電車に自転車が乗せられるようになればね、
楽しみ方も本当に増えると思いますよ。
★それ、すごくイイです!田舎の各駅を降りて堪能するには自転車がぴったりです! 全国的にも大ヒットすると思いますよ。観光のスタンダードになるかもっ!!!
今は、鉄道規制上の問題で難しいみたいですけどね。
そういう、向後さんみたいに柔らかい考えと実行力で、もっともっと20代、30代の若い人が
前へ出て来てほしいですよね。 今の銚子の若い人は、諸先輩方に甘え過ぎてます。 今後の銚子を考えるとあまり時間に余裕はないと思う。 早く世代交代しないと、どんどんつまらない街になっちゃう。
だから現状の引き継ぎもそうだけどもっと新しい仕事や分野を創っていく必要もあると思う。 そうやって街作りをしていけばもっと『楽しむ人』も増えていくし、いつかきっと『住みたい!』って人も増えるかもね。
★「違う」ことを楽しめる、その感覚が大木さんの武器ですよね。
これからも“違う”新しいお楽しみを、楽しみにしています。
ありがとうございました!
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